« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月29日 (日)

転職活動⑨~ついに採用!

このあたりで 転職活動①から読んでくださった方も そろそろうんざりされていると思いますが、私自身もそろそろ ”私はもう正社員としては市場価値がないんじゃないか”
なんて 弱音はいてしまいそうな感じさえあったのですが、 それでも逆に 断られる事にも慣れっこになり 打たれ強くなってきている部分もあり
なんとかあと一波を乗り越えられる事になるのです。

T社、C社がダメだった後 その頃よく見ていた求人サイトから 別のサイトも改めて探すようになり、そんな中で新しいエージェントの方とも出会い、
またいろいろ求人を紹介してもらう事になるのですが、求人サイトには 企業が直接掲載しているケースもあり
そういった中の1社 米系ソフトウェア会社P社 のコミュニケーションスペシャリスト(実業務はマーケティング)に応募したのです(9月中旬)。
エージェントを介さない分、反応は早いだろう との予想を裏切り 書類選考通過の連絡をいただくまでに10日ほど(まぁこれはヨシとして)、
1次面接を受けたあと、2次面接(米国本社勤務の上長との電話面接)に進むかの連絡まで また10日ほど待たされ(この間もこちらから催促をして状況を知らせていただけ)、
2次面接を受けた後の最終結果の連絡に2週間。。 この2週間の私の気持ちの落ち着かなさと言ったら。。 >_<
企業の人事の方と直接やり取りしていると 確かに どこまで催促して感じ悪くならないのか とか微妙に難しいようです。

この頃、マーコム・PR業務なら 企業の中で担当しなくても PR会社もイイな と思い始めたのです。
ちょうど 去年9月の総選挙で自民党が圧勝した大きな要因でもあるPR戦略 を担当された 世耕弘成さん の本を読んだりしていたので、
企業広報の経験くらいで採用されるなら是非やってみたい と。
実際 IT企業の広報を担当する案件も今は多いようで、IT企業での広報経験者 をPR会社が求人している事も少なくなく。
という事で 1社はちょうど求人サイトに掲載されていたものへ、後は会社のHPを見て直接応募。
残念ながら いくつか反応のあった会社も すでに他者の選考が最終段階まで進んでいるから とか、
今年は既に増員の予定がないから 来年でも可能なら是非連絡をとりたい とか、
結局 タイミングが合わず ご縁がなかったのです。

この時期にもう1社 面接を受けたのは 欧州系メーカーP社の広報。
こちらの1次面接の結果としての不採用の理由は(エージェントが伝えてくれた内容)、
 They highly appreciate your personality or communication skill , but they are a bit concerned about your unstable career so far.
”アンステイブルなキャリア” が気がかりなわけですよ。。♭
コレは 私が転職活動を通して一番気をつけていた事だったのですが それでもやっぱり不安は払拭されない事もあるのです。
去年の4ヶ月のNY暮らしで 改めて 自分の今までの経歴を大事にして 働きやすい(当然国民だから働く為のビザの問題などなく、やりたい事はなんでもできる環境だから)日本に腰をすえてがんばろう と決心した気持ちも 経歴書や 面接での発言でも表現しきれない部分はあるようです。。
まぁでもそれは仕方のないこと。 私自身 それまでの経験は何一つ後悔していないわけだから、そこがどうしても気になる という会社なら それもやっぱりご縁がなかった というだけのこと。

正社員はもしかして無理なのかな、と多少弱気になっていたこの頃、米系ITメーカー 広報職の契約社員の求人や、派遣のお仕事を探す為に登録に行ったりしたのですが、
結局はその後自分で ”ここまで諦めずに来たのに きっともう少しの頑張りなんだから 妥協するのはやめよう” と思い、面接をお断りしたのです。

そんなこんなで、よーやく! 10月19日に米系ソフトウェアのP社 から採用の連絡をいただきました ^_^
(この後のオマケとしては、19日に人事担当から電話で内定の連絡をいただいたにも関わらず、正式オファーの書類が我が家に到着するまで また1週間かかったのです・・ T_T)

| | コメント (1)

2006年10月28日 (土)

転職活動⑧~英語

転職活動ではやはり、できるだけ今までの色んな経験を活かしたいものなので 求人の希望が絞られてきてからは 外資系にしか応募していなかったのです。
が、O社は1次面接で落ちたため 英語面接まで至らず。
A社は業務でも日常的に英語を使うにも関わらず、最終面接まで英語面接がなかたのです、
 「英語は大丈夫ですか?」
 「はい、日常業務での会話には支障はないと思っています」
という確認が何度かあったのみ。 こんな事でいいの?と私自身思いながら。

このA社が不採用だった事は、楽天家の私がまたまた先走って”大丈夫そう” などと勝手な判断をし、”○○○(オフィスのある地名)に通うのか~♪” などと考え出す始末。
なので 当然またまた 不採用の連絡を受けた時は 舞い上がってた分と同じだけ凹む事になるのです ^_^;
それと この頃になると 転職活動にリズムが出てきて、 なぜか 書類選考に何社か出すと 同じ時期に2・3社通過の連絡をいただき、
2・3社通過の連絡をいただくと 面接の準備も気になるのと 多少安心するのとで 引き続き新しい求人を探して応募する事を怠ってしまうのです。
なので この2・3社が全部ダメだったときには また 求人を探すところから始める事になるわけです 私の場合。。
そうなると 最終面接はでは おおよそ1ヶ月くらいかかるので 面接の結果全部ダメだった時には ”あ~また1ヶ月先まで採用決定がのびた。。” という脱力感も感じるわけです。
(求人探し続ければよかっただけのことですが、そうもなかなかできず)

A社で最初のリズムが終わり、また求人探しの日々が始まった頃、ちょうど 先のブログに書いた Tさんから紹介されたエージェントのRさんから連絡があり
欧州系セキュリティ商材会社のC社のマーコム を紹介され、お話はトントン拍子にはこび すぐに1次面接を受けることになりました。
1次面接も無事通過して 次は最終面接の日本法人社長面接。
この時やっと 正式な面接としてはじめて 英語面接を受けたのです。
それまで 外資系企業を専門としたエージェントの担当(外人)さんとは 何度も英語で面談した事はあったけれど 企業の面接では初めて。
C社がイギリスの会社なので 私としては ”うーん、ブリティッシュイングリッシュなら 聞き取れないんだけど・・♭” との心配にもおよばず、
社長は アメリカからの帰国子女らしく まったくのアメリカンイングリッシュ♪
という事で 英語面接も無事クリア。

C社の最終面接を受けた直後(9上)、別のエージェントから紹介された 欧州系テレビ会議システムのT社のマーコムの1次面接も受けられる事になり
(このT社も先のブログに書いた 現在Hさんが勤める会社)
この1次面接は 面接官の方がちょうど大阪出張されるとの事で すぐに大阪で受けられる事になり
その場で気に入ってもらえ、できれば早く進めたいとの事で なんと翌日東京のオフィスで 自社のテレビ会議で 香港の人事マネージャとマーケティングマネージャとの面接を受ける事になったのです。
この香港の二人は 二人とも 私と同い年くらいの女性でした。 きっと香港の方が日本より女性の働く環境や認識は進んでいるんでしょうね。

しかし、なんといってもテレビ会議。。
実際 目の前に居る外人相手に英語を話すのとは またちがう、
しかも やっぱり 音声が100%クリアに聞こえるわけじゃなく、さらに 人事マネージャの方はかなりの香港なまりな英語。。
今回の転職活動をとおして 一番理解できなかった英語だったのです。
しかも 「仕事をする上で あなたにとって一番大切なものは次の5つのうちどれで、その理由はなんですか?」 の5つが 職場の倫理観 のような 難しい英語だったわけで、
何度聞き返しても理解できなかったのです、、 なさけないかぎり。
でも なんとか聞き取れたのが5番目だけだったので ”そりゃあ 5番目ですよ!” なんて自信たっぷり風に回答したものの 心の中はぐったり。。

しかもこの会社、これだけで終わらず 本来ならまた別の日に 東京事務所で英語での30分の筆記試験(マーケティングのケーススタディのようなもの)があるんだけれど
私は再びそれだけの為に東京へ行くのは厳しい(交通費が出ないから)から 香港からの電話を大阪の自宅で受けて、その場で質問を聞き、次の30分で回答 という事をしたのです。
筆記試験の内容も簡単なものでなく、設問が10ほどあるのに時間は30分、
我が家という事で集中力も欠き、 回答はボロボロ。。 小学生以下の英語。。

という事で T社は不採用の連絡がきました まぁ当然。

その間 C社からは ”次は 東京の事務所を一度見てもらって 営業本部長にもあって欲しいから東京に来てもらう日をアレンジする” とのコメントだったにも関わらず、
T社不採用の連絡の1週間ほどあと、C社も不採用 の連絡がきてしまったのです。。
C社の不採用の理由としては、、
 私の経験では全く即戦力として問題ないんだけれど、今回は この業務に関しての教育も本社で充分に準備しているし、”若い”元気のある人の方がよかった
(年齢と年俸 という意味でしょう・・)
そんな事なら 最初から面接してくれなくてイイのに。。 と お断りされた直後は思いました。。
即戦力でバッチリですね なんて雰囲気で進んでいたのに、そうじゃなく ”もっと若い人” って言われたわけですから。。

という事で またまた T社や C社の面接の波 が過ぎ去って 一から求人探しを始める事になったのが9月中旬。。
でも この頃には 何度かの英語面接の経験で ようやく 面接への対応 としては ほぼ全て いつ何を何語で聞かれても準備できている という状況になれたわけなので
結局は やっぱり それまで受けた面接は それまでダメだった何か があったからダメだったのですね。
経歴書を何度か修正して良いものになって書類選考に通過するようになったのと同じで、
やはり私の場合 面接も 何度か場数を踏んで鍛えられていったわけです。

| | コメント (0)

2006年10月27日 (金)

転職活動⑦~人とのご縁

仕事探しで、仕事とのご縁をいろいろ感じる中 当然 人とのご縁 も沢山あり。

ちょうど、6末にO社の面接を受けるため上京した日、面接時間のすぐ前 カフェで時間を潰している時に ある方から連絡が入ったのです、
以前、自分で直接 採用の有無を確認すべく連絡をとった会社の人事担当の方から(Tさん)。

その会社では当時 残念ながら中途採用の予定がなかったのですが この方が とても親切な方で、
よくそういう風に 求人を探し入る人や、逆に よい人材を探している企業 などから相談される事があり 何度か引き合わせた事がおありのようで、
「周りに人材を探している人が居たら話してみます」 とおっしゃってくださっていたのです。
それで、その日実際 ある外資系IT企業(K社)で人材を探している という事で 企業との仲介の方(Mさん) をご紹介してくださったのです。
多少 話がややこしいですが、 相関図としては Tさん→Mさん→K社の求人→私 という事です。
しかも ちょうど東京に居る日 だったので これはよいタイミング と 翌日 Mさんとお会いし軽く打ち合わせ、その後K社の人事の方と会う段取りとなったのです。

こうやって 連絡をとっていた方から いろいろめぐりめぐって仕事を紹介していただく事事態が ご縁 ですが、 さらに、、
このMさん、打ち合わせでお会いした時に話していただいて分かったのですが、
前職の関係会社に勤めていて仲良くしてもらっていた女性(Hさん)と知り合いだったのです。
「ぼく Hさんの事よく知ってるんですよ。 ○○さん(私)の履歴で前職の社名を見て どこかで見た会社だな って思って Hさんに確認したら、やっぱりそうだったんですよね」 と。

さらに、Tさんには Rさん というエージェントの方もご紹介いただいたのですが、 この方もなんだかとても雰囲気のある方で。
エージェントの担当さん って 自分の転職活動を親身になって支援してくれる って感じる方と 単なる営業成績の一要因としか感じられない方がいるようですが
Rさんは なんだか 話すたびに 明るい気分にさせてくれるのです。 暗くて当たり前の転職活動の中 なんだか ほんわかした気持ちにさせてくれるのです。
Rさんから紹介していただいた求人も 最終面接まで進んだのですが あいにく採用にまでは至らなかったのです。
という事でまぁ 結局 このお二人から紹介していただいた仕事には 最終的には決まらなかったわけですが、
それでも 普通に職場で知り合った とか言うのでなく こういう 転職活動を通しても よい出会いってあるものだな と思えるご縁でした。

さらにさらに ビックリした事がつい今しがたあったのですが、
せっかく 以前にお世話にもなったという事もあり 仕事が決まった事を Mさんにご報告し ”できれば 今度 Hさんもまじえ お食事でもしたいですね” とご挨拶し
でも 私は Hさんが 前職を辞めて次の会社も1年ほどで退職し 今居る会社がどこなのか知らないし メールアドレスも変わってしまっているので教えてほしい
とお願いしたところ、 Mさんから 「Hさんは今 T社に勤めていて・・」 と聞いて びっくり!!!
私が 9月に求人に応募して最終面接まで進んでダメだった 欧州系IT企業 だったのです。
この会社は 海外では規模の大きな会社なのですが 日本法人はまだまだ小さく人も少ないので、
もしかしたら 私が東京オフィスに面接に受けに行った時に 会えてたかもしれない なんて思ったわけです。

よく、IT業界は 他の業界ほど一つの会社での就業年数が長くない と言われるし、IT業界内で転職するから 狭い業界だ とは聞くけれど、
私自身 エンジニアでもないから 業界にドップリつかっているつもりもなく 他人事のように聞いてたのですが、 ”こういう事なのかなぁ” なんていう気がしているのです。

これからも いろんな出会いを大切にしていきたいものです。

| | コメント (3)

2006年10月25日 (水)

転職活動⑥~仕事とのご縁

O社の面接を受けた頃 ようやく 応募したい求人のポイントが定まってきました。
そして この頃応募した2社は かなり”就職したかった”求人でした。
友達の名言 ”仕事探しは 結婚相手を探すほどは難しくない” という言葉でもある意味表れているとおり、就職も ”ご縁” のたまものだと思うのです。
私が好意を持ち、会社も好意を持ち、いろんなタイミングが合って 最終的に就職するまでにいたる。
だから 採用されなかったり・こちらからお断りしたりした場合、
  この求人・仕事とは縁がなかったんだ、この仕事がダメでも必ず私に合った人に、、(あっ違う!) ”仕事” に出会えるはず
と前向きに諦められるようになっていたのですが、それでも この2社の仕事は 
  この人と、、(あっ違う!) ”仕事” と結ばれたかったな
と思ってしまう求人だったのです。

その一つは、欧州系アパレルソフトウェア会社のPR。
もう一つの求人と同じエージェントから紹介された求人なのですが、こちらは残念な事に 私にエージェントがオファーしてきてくれた後に 別の超有力な候補者 が見つかってしまったらしく
私はエージェントの段階で落選してしまったのです。。残念 >_< (一つのエージェントからの推薦が一人だったから)
でも、諦めきれない私は その後、直接その会社へ履歴書を郵送したのです、、 が、会社からはまったく反応なし、、 残念 >_<

そして最終社長面接まで進んだもう一社は、米系通信大手A社のプロダクトマーケ。
この求人内容は、95%前職の経験を活かせる仕事。 残りの5%はサービスが made in USA か made in Japan かの違いくらい。
一次面接官の方曰く「アメリカで作ったハンバーガーに味噌や醤油でお化粧して日本で売る」仕事が業務の8割。
だとしても 味噌の塗り方も 醤油のかけかたも心得ているつもり・・ なので 1次面接は最後に与えられた私からの質問の回答を聞くまでは かなり自信があったのです。
最後に何か質問ありますか? と聞かれ 「この求人に期待する人材に求めるものは何ですか?」 と質問させてもらったところ、
  「何か一つ強みを持っている人がイイですね。 マーケティング専門の出身でなくても、例えば営業成績がとてもよかったとか、秀でた技術を持っているとか。。」
との回答。。
でも、、 私が面接中に話していたことと言えば ”ある程度の技術バックグランドがあり、様々なマーケティングの経験があり・・” のような どちらかというと ”何でもできます”的なコメント・・・♭
この時点で ”あっちゃ~、やっちゃった・・ T_T” とガックリ落胆。
が、しかし、ラッキーな事に 1次面接は通過したのです♪

そして 2次面接と最終面接。
この時期(7末)、夏休みシーズンだった事もあり 1日で2次と最終を一度にしたいとの事で、2次の部門長面接と、最終の社長面接を15分ほどの休憩を挟んだかたちで実施。
部門長は一見、 キャリアに何の曇りもなく業界のエリートで・難しい事を考え・難しい質問をされそう  な雰囲気の人。
その第一印象で少し緊張してしまったのですが、実際はこちらも ”現場が気に入ってるんだったら”的なさほど難しくない質問で安心して終了し。

結局一番の難関だったのが 社長面接。。
この日の面接の前に エージェントから 社長が雑誌のインタビューに答えた記事を送ってくれたり、今までに紹介して面接を受けた人の経験談を聞かせてくれたりで
それなりの下準備をして行ったのですが、 予定の休憩時間より10分ほど遅れてノーネクタイで面接室に入ってこられた社長は
「いや~、会議が長引いちゃって、ゴメンね~ ^_^;」 と、インタビュー記事の写真で想像していたイメージより ぜんぜん若々しく、気さくな感じ。
例によって単純な私は、この時点で もうすーっかりリラックスしてしまい(難しそうという予想に反して、2次面接がスムーズに終了した安堵感も手伝って)、
「大阪の人なの?」という世間話からすっかり私も饒舌になってしまい、自分が話すのが好きな社長のお話に割り入ってコメントまでする状態。
社長面接となると おおよそどんな会社も 1次面接で聞かれるような 経歴の細かい確認やら よくありがちな質問 はされないようで、この時も 突然
「香港行く気ない?」 とか 「ドイツは?」 などと唐突な質問をされ、
そもそも 20代に10ヶ月 30代で4ヶ月の渡米経験を持ってしまった私は、”またすぐ渡米する落ち着かない人” と思われないように、”・・・という事で 日本にしっかり腰をすえて働こうと思っています”
というコメントをし続けているだけに この手の(海外勤務)質問は ホンネでは嬉しいものの なんて答えるべき と迷う事も多く、
香港に関しては とっさに 「はぁ、中国語話せませんが・・」 などとイケてない回答をしてしまい。
汚名挽回と ドイツに関しては 「はい、ドイツに関しては・・・・・と言われているようで興味もありますので 是非・・・・・。」
などと 海外勤務したいのかしたくないのか 中途半端な回答をしてしまっていたのです。
そしてさらに、「営業やってみる気ない? 性格からしても(私の性格もう把握してるの!?)うちの営業には向くよ」 とまたまた 回答に困る質問。。 (これについては 以前にブログに書きましたが)
まぁでも そんなスットンキョウな質問への回答で 採用の可否に大きく作用する事はないだろう とは思っていたのですが、
そんなこんなが続き 最後に私からさせていただいた質問 (アメリカと日本の顧客がサービスに求めるものの違い)については、
「箇条書きで回答しろと言われると ”同じ、違いはない”。 でも実際に 細かく顧客の要望を設計していくと 最終的には 日本とアメリカではまったく違ったものができあがる。アメリカではそのサービスに対して自社のこだわりが強い、レガシーなものでもそれにこだわって利用したりするが、日本はトレンドを取り入れたい顧客が多い」
という回答で締めくくって 面接は和やかに終了した と思っていた。。

が、、 ここで採用されてしまっては 私の 谷あり谷あり の転職活動があっさり終了してしまうわけなので そうなるハズもなく、 不採用。。
その理由は、
  社長面接はいわば 相性面談 みたいなものだったんだけど、社長が ”うちの会社にはちょっと違うかもしれない”と判断したとの事。さらに、私が求める海外勤務が実現できるチャンスはそうそうないかもしれない。
という理由らしい。。
もう まったく納得いかない、、 え? だって 海外勤務をしつこく聞いてきたのは社長じゃない!? 「うちの営業には向いてる」とか言ってたじゃない!?
あんまりにも納得いかなかったので エージェントにもう一度確認してもらった 「誰かと間違ってませんかねぇ?」 と、
でも やっぱり答えは同じ。
今でも あんまり気持ちよく納得はいってないけど まぁそれもこれも ”ご縁” がなかったって事ですね。

仕事探しですら こんなに難航している私、、 人生のパートナー探し も 谷あり谷あり・・・ ?

| | コメント (0)

2006年10月24日 (火)

転職活動⑤~広報戦略

M社から次の面接までのほぼ1ヶ月、6月末まで進展のない悶々とした日々が続き
以前ブログにも書いたけれど まさしく魔の6月 を過ごしていくのです。(思い出すだけでも おぞましい >_<)
M社で放送系の会社にも興味を持ち、他の放送系企業のHPの採用ページを見て直接応募してみたり(そもそも求人活動もしてない会社にも出したけど)。
結局どれも実りがなかったわけですが。。

そして6末に書類選考通過の連絡が来たのが 米系大手ソフトウェア会社(O社)の広報担当。
ITの人でなくても名前を聞いた事がある大きな会社だし、
広報の経験は厳密に言えば ほんの少しなわけなので 書類選考通過した事すら ”え?!ほんと?”っていう感じ。 まさしく もうけもの ^_^;
その後 この求人は おそらく今でもまだ”募集中” のようなので よくある ”ずばり優秀な人材” でないと採用しない余裕求人 だったと思う、
でもだからこそ どうして私が書類選考通過した のかは今でもナゾ。
まぁでも当然喜んで面接に行くわけです♪

でも マーケティングの概念的な質問になら それなりに自分の意見をまとめて 経験をまじえ回答する準備はできているけれど
”ビジネス戦略の柱となるような広報業務” に対しては 経験不足、準備不足。
面接の途中、早々と ”あ~ ダメだ 落ちたな” と感じた瞬間に すでに戦力も萎えてしまい、
「もし、あなたが当社に入社されたら、世の中に確立されてしまっている企業イメージを脱却し、新しいイメージを植えつけるためにはどういう広報戦略をとりますか?」
と聞かれた問いに対して私は、
「今現在確立されているイメージを変えたい理由は何なのでしょうか? それが理解できればご質問への回答もできるかと思います」
と時間稼ぎな逆質問。
というか、実際にこの会社は 今世の中で確立されているイメージを脱却して 実際売り上げの過半数を占めるているサービスを会社のイメージとして推していきたいらしく、
でも私が思うに 現状確立されているイメージは なんらジャマなもののように感じないし、
ましてや イメージ脱却に もうずいぶん前からチャレンジしているらしく、 それでも未だに無理なら 今後も無理なんじゃ・・ とか
現状のイメージをよりよく発展させた方がいいのでは? とも事実思うわけで、
そしたら 面接官の方は 細かく説明してくれたわけです、なぜ別のイメージを植えつけたいか を。。 >_<
しかも 日本以外の国では イメージ変更に成功してる とか言ってる。。 ホントかなぁ。。
当然 実際すでに 他国の成功事例は取り入れられたようだし、それ以上 広報へなちょこ経験 の私に答えられるものは何もない。。
当然のごとく 1次面接で不採用 になりました、 めでたしめでたし・・ ?

このO社の広報のほかにも 私が転職活動を始めた頃にすでに求人として存在し、今だかつてまだ求人が残っている超大手企業の特定の求人 とかよくあるけど
あぁいう 余裕求人 は 目当ての人材 を確保するために何人くらいと面接するんだろう、どれくらいコストかけるんだろう。。
O社の場合、1次面接で交通費がでました、大阪-東京は 一律3万円。
エージェントをとおした紹介なら 採用決定時に当人の年俸と同額を紹介料として支払うわけだし。。
それだけかけて雇うんだから やはりとことん相思相愛 の人を探し続けるんだろうな。

| | コメント (0)

2006年10月23日 (月)

転職活動④~岐路

5月、転職活動に気合が入らないまま、応募する求人に焦点も合わない中でやたらめったら応募していた中から一社、
ある放送系IT企業(M社)から ちょうどこの一件の直後 初の書類選考通過をいただいたのです ^_^

通信と放送の融合 と言われるようになって久しい中 当然 放送業界もとっても魅力的なわけで、
でも このM社の業界は 私自身業界素人ながら不安を感じる部分がありながらも(通信と放送の融合で敗者になる業界なんじゃ と思ったわけです)
まず、面接まで進んだんだし 友達曰く ”面接は場数” という事もあるから 早速1次面接を受けるために上京(この単語って おのぼりさん みたいだけど ^_^;)
この頃 当然まだ面接1社目 なので 面接で話す内容はこなれてはいなかったんだけれど、”ひとあたりよく話す” 事には自信があるのと
求人内容がほぼ全面的に前職の知識を活かせる事 とで、面接に同席された部門長にすぐに気に入ってもらえ その時点であっさり次の面接まで進める事に決まったのです。
しかも、私が一度大阪へ戻って また2次面接のために上京する事を気にされたらしく、私が当日は東京泊する と話すと 「じゃあ 明日に2次面接できますか?」
という事で、翌日2次面接(最終面接)を執り行うことになったのです。
この最終面接は、取締役との面接で これはもう ”現場が気に入ってるんだから” という雰囲気の比較的イージーな面接、
となると トントン拍子で 採用 との結果が出てしまい、、 おまけに数日後直接(エージェントを通してたにも関わらず)、雇用契約書が家に届いてた。。
当然 合格 の結果をいただいた事は嬉しいのですが
 会社の将来性に素人ながら不安を感じている事、
 私の第一希望のマーコムよりも 事業企画よりの仕事 である事、
 猫の手も借りたい状態らしく 何でもすることになるのはそれはそれでイイんだけど どうも仕事の内容に魅力を感じない事、
 さらに言えば 一応資本は外資なんだけど 業務では100%ドメスティックな(さらに地域限定)のが また今ひとつ パっとこない理由などなどで
まだ面接を1社しか受けていない状況では その会社に就職する気にはなれず 多少悩んだ末(提示された条件が良かったので) お断りしたのです。。
この時は それ以降 次に ”内定” をもらえるまでに5ヶ月もかかるとは夢にも思っていなかったわけですが・・ ^_^;

この会社と 次に面接を受けることになる会社で感じたのは、 やはり 面接官からの質問にも 良い質問・悪い質問 があるという事。
M社の1次面接で かなり現実的な問題について 解決策を尋ねられたのです、 ”たぶんこの人 コレでよく悩んでるんだろうな” と分かってしまうような、、
しかも回答の範囲がすごく広かったりする質問で、、 >_<
回答のポイントをはっきりさせようと 逆に質問し返したら それも含めて自分で考えろ 的なコメントがきて、、
もう この時点で ”この人と一緒に働きたくない” と逆品定め してしまったわけです。
多少でも緊張している面接という場で 逆に ”ココに就職できたとして、この人とは働きたくない” と思う人はそう多くないけど、やっぱり居るものです、、
まぁ 入社前にそれが分かり 逆に選べる事は それはそれで大事なことです。

そしてこの頃 転職活動以外のもう一つの大きな悩み が大きく私の意識を独占していたのです・・
大切な人 と お互いに大変な時に支えあえない寂しさ、
いろいろと事情があって 支えてあげたいけどできない とも言えるけど
いろんな事情を含めて それはやっぱり ”それまでの事” だからと自分に言い聞かす事でなんとかラクになろうと。。
仕事もしていない自分では 誰かを支えてあげたり 頼られる事を期待するのも無理な話だ とさらに自分に言い聞かせ。

となりに居ても、目を開けて安心できない、耳を傾けて言葉を聴けない、手を伸ばして触れられない のなら もう 目を閉じたまま となりに居ることに気付かないフリをしよう 意識から追い出そう。

目を閉じる勇気を出す事が本当は一番辛いことだけど そうやって 実際には少ずつ少しずつラクになっていった。。

仕事がない、自活する部屋がない、大切な人がいない
どれもこれも自分で手放したものなのに 無くしてはじめて その重さ に気付く、、
まず一つずつ、まず仕事から、手にしなければ何も始まらない。

この頃はやっぱり 岐路 だったのかな。。

| | コメント (0)

2006年10月22日 (日)

転職活動③~本当のスタート

そして気合の入らない転職活動から目が覚めたキッカケ というのは、、

私は去年、NY(海外)で少しでも働いた経験をつけたくて できればそのまま就職したくて渡米したわけですが、
それまで勤めていた会社や仕事、仕事仲間に関しては ほぼ満点に満足していたのです。
だから 会社を辞める事は相当悩んだわけで それでもその頃の私には 何か自分の今の生活を変えなきゃいけない感覚があり、
今更この歳になって”ピーターパン症候群”と言われながらも ”なんとか熱” を冷ます為にも 渡米は”しなければいけない事” になってしまっていたのですね。。
そういう事で 決して会社や仕事が嫌で辞めたわけではなかったので(広い意味ではそうなのかもしれないけど)
5月に入って本格的に転職活動をはじめ、なかなかうまくいなかかったり、ホントに働きたいかどうかも分からない求人でことごとく書類選考で落とされたりしていると
”っていうか、第一希望は前の会社なのに・・” という思いが日増しに強くなり、また皆と一緒に働きたい と思うようになっていたんですよね。
それまで 前の会社の人に会った時など 「戻ってきたら?」 と冗談まじりに言ってくれていた言葉には 照れもあり 「そんな~ むりむり」とかわしていたものの
そんな体裁でなく正直に ”戻りたい” と相談してみよう と決心したのです。
そして 自分としてはかなりの勇気を出して 以前の上司に ”・・・・ というわけで 戻りたいのですが、もう一度雇ってもらえますか?”
という主旨の相談をしたわけです。。

今思えば ただの”逃げ”だったのかもしれないけれど 今の今でも ”戻れたらきっと楽しく働ける” という感覚があるくらいなので その頃は相当真剣だったわけで。
元上司に相談するまでは多少不安もあったけど、相談した後は なぜかすっかり復帰できる事を疑わず、仕舞いには 復帰後のコメントまで考える始末、、
ホント始末に終えない ^_^;
が!しかし、、 さすがに人生そんなに甘くないもので、、
自分で言うのもなんのなのですが、前の会社では ごくごく一部の方を除いては おおむね皆さんと仲良くさせていただいていたと思うし、
会社の中でも 多くのいろんな部署の人と一緒に仕事をしていたので ”戻ったらきっと皆に喜んでもらえる” とホンネでは思っていたのですよね。。
そんな私でも
 ”でも、一旦辞めた人間が戻ってくる という事は、以前仲良くしてくれていた人でも いろいろと感じる事があり 元のように気持ちよく働けないと感じる人もいるのかも”
とも当然考えるわけで、 もし そういう人が会社に一人でも居るなら、一度辞めて戻る私のために その間もずっと会社のために働いていた人が不快に感じる事は絶対してはいけない とは思っていたのです。
でもでも やっぱり戻れるだろう という事に おそらくほとんど疑問の余地がなかったんだけど。
しかし、、 会社からの回答は NO でした。
理由はいろいろあるのかもしれないけれど 私に伝えていただけたのは ”私が今戻ったところで 前のように気持ちよく働けないかもしれない” というものでした。
それは 私もだけど 周りもだな という意味だとは分かっていたのです。
もう、復帰後のコメントまで考えていただけに かなりのショックで、そのお話を聞いた後は 家までの帰り道 どうやって帰ったのかも よく覚えていないくらいで。。
それと、好きな仲間ともう二度と一緒に働けないことの絶望感というか この時にはじめて その会社を辞めた という事がどういう事だったのか を実感してすごく寂しくなったのです。
私が手放した物がいかに大切なものだったか。
会社に戻れない絶望感と、これで本当に本気で転職活動をしなきゃいけないという気重さと(当たり前なんだけど)、
会社から再雇用を拒否された事でその社員である元同僚達からも拒絶されたような錯覚と で
しばらくは かなり凹んでいたんですよね。。

でも あの会社の決定は やっぱり私の人生にも正解で 世の中的にも当然だったんだ と今になれば思えます。
その後今まで続く 谷あり谷あり の転職活動や 日々の生活で数ヶ月いろいろ考えたり悩んだりした事は
それまで平和に会社で働いていた長い年月では得られなかった人間的な何か を得られたようにも感じるのです、、
あのままもし 会社に再び雇っていただけたとして、この半年いろいろと成長した(と思ってる ^_~)自分がなかったとしたら その方が結局自分には不幸だ と思えるくらいに。。

とうい事で この一件が5月末、 やっとこれからが 転職活動奮闘記の始まり・・

| | コメント (0)

2006年10月21日 (土)

転職活動②~職務経歴書

転職活動といえば やはりまずは職務経歴書でのアピール、
実際に面接で話して優秀だと分かっても まず経歴書で通過してそのチャンスをもぎ取らなくてはいけないわけですもんね
なので いかに偽りなく事実を最大限に誇張してアピールできるか にかかってくると思うのですが、
この時期の私の職務経歴書は まだまだ軟弱なものでした。
その後、人材紹介会社(エージェント)からの指摘もあり 段階的によくなっていくのですが、
今思えば、この時期に応募して 書類選考で落ちた会社に 今の経歴書でもう一度応募してみたい と思うくらい。。
今更なことですが、やはり職務経歴書のポイントは 
  多少でも経験のあるアピールポイントは、ウソにならないぎりぎり最大限で強く表現する、
  求人の募集要項 なども参考にして、世の中的に理解しやすい表現に気をつけて簡潔に書く
  実績も大事だけど、その仕事を通して得たもの を簡潔に追記するのも大事、
  ”これくらいの経験なら書くほどの事でも・・” なんて謙虚さは無用 ”私は優秀”とマインドコントロールして書く
  枚数は3枚が限度、
  経験していても伝えてムダなものはあえて書かなくてもいい(忘れがちですが、通常の試用期間である3ヶ月以内で正等な理由で辞めた場合は1社にカウントしなくてイイ)
まぁどれも当たり前の事なのですが、転職活動 って決して楽しい事ではないと思うけど ココでいかに頑張って素晴らしい作品にしたか で結果が違ってくるんでしょうね。。(自ら反省 ^_^;)
そして できれば 複数のエージェントに見てもらって(企業を紹介してもらわなくても 経歴書のチェックだけでも)ポイントを指摘してもらう 事でしょうか。

という事で この頃はその軟弱な経歴書のせい(?)で なんだかことごとく書類選考で落ちていました。
と言っても まだまだ求人の焦点も合わずに かなりめったやたら応募していたかんもあるわけですが。
実際、自分の経歴で採用されそうでなおかつ自分がしたい求人 を見極めきれていなかったんですね。

この頃、ちょっとしたキッカケで 逆に職探しをしている人をスカウトするアルバイトをする機会があったのです、
求人サイトのエージェント専用アカウントでログインし、企業から得た求人情報に見合う人を検索する、
年齢、経験、資格、希望職種 などのキーワードで検索し、”この人は!” と思う人が見つかったら、スカウトメールを出す、
この次が一つの大きな壁で、スカウトされた方が ”うん、興味がある 是非応募してみたい” という事でOKをいただけると
実際に企業へ推薦するわけです。
この OKをいただくのが結構難関で、悪い場合は 返事すらもらえません。
しかし 私の勘のよさは こういうところにいかされるようで、昨日今日はじめたばかりのこのアルバイトで ド素人とは思えないくらいのヒット率だったのです ^_^
この機会で、同じ時期に転職活動している人達のレジュメを沢山見る機会があり、他人の経歴がいかに立派に見えるか と感じたり、
逆にまとまりのないアピールポイントのよく分からない経歴書がいかに魅力をもたないか、
実際の人物はとても優秀な人だったとしても 経歴書で魅力がなければ もう 転職活動で次はない、
という事がよく分かったんですよね。
このアルバイトは 結局すぐに辞める事になったので 私が推薦した人で就職までいきついた方は居なかったのですが。。

まず 転職活動の第一は なんと言っても 職務経歴書に尽きます!

| | コメント (0)

2006年10月20日 (金)

転職活動①~背景

長く寒い(?)転職活動が やっと終わりを迎えそうになってきました!
という事で すっかりご無沙汰してしまったブログで この半年の転職活動を振り返っておこうと思います。

私が前職を辞めたのが 去年の8月末日付け、その8末からすぐNYへ発ち、NYから戻ったのが年末。
大阪の実家へ戻り、1月から3月一杯は 大学の友人の会社で事務のアルバイト。
4月に入って 歯列矯正最終の為東京へ行ったり 完全撤退の為NYへ行ったり で大阪へ戻りなんだかんだしているとGWになってしまい。。
という事で 転職活動を本格的にはじめたのは5月になってから。
なので その時点で 既に 離職期間が9ヶ月 になってしまっているのです。(NYの無給インターンと、バイトを除けば)
30代後半女性というだけで就職に不利な条件揃いまくってるのに、、
 年齢、 性別、 1年弱と4ヶ月という2回の渡米経験、 職歴の中途半端さ(技術系とマーケティング系)、
 東京で仕事を探しているのに大阪在住、9ヶ月という離職期間、、
まだまだ詳しく書けばいろいろあるのですが まぁ 転職活動を困難にする要因はいろいろとあったわけです。

でも 当初はこんなに長引くとは思っていなくて かなり見くびっていたんですよね ^_^;
それが証拠に 5月くらいは まだまだ本腰が入ってなくて応募する求人すら焦点があってなかった。。
でも ある事をキッカケに否応なく 目が覚めるわけだけど。。

まず私が希望している業界・職種とは、、(あんまり具体的に書けないけど)
IT業界、マーコム(マーケティングコミュニケーション、PR、広報など)、外資系 とざっくりだけ書いておきます ^_^;

IT業界に居ない方は いわゆるIT と言ってもよく分からないと思いますが、 IT業界の中でもまた業界がいろいろあり
やはり それぞれの求人は できれば業界経験のある人が好ましいのです 当然。
そして 現状の求人状況といえば、 やはり多いのは ソフトウェア(特にセキュリティ)、Web系、モバイルがらみの通信 あたりで、
Web系以外はかなり業界経験を問われるようです。
私はこのどの業界も経験がなく、業界経験と言われてしまうともうお手上げ。。
そして職種といえば、私は マーケティングがらみでしか探していないので その他はあまり良くは分からないけど
やっぱり求人が多いのは技術職と営業職。
私が望むようなマーコム業務は 求人が少ない上に やはり人気のようで(特に女性にだと思います)、これも経験を問われる職種、
そして さらに、私の年齢では その職種でのマネジメント経験が大きく問われるわけです。
私は肩書きで書けるマネジメント経験がないので その点でもまたまた壁にあたるのです。

| | コメント (0)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »