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2006年12月15日 (金)

久しぶりの人

今日は 久しぶりの人 と軽く飲みました。  2年ぶり くらいの人です。
久しぶりの人 と会って話すのも イイものです。

仕事を通して知り合った人 なので、自然と仕事の話になるのですが、
そんな会話の中、以前からずっと営業をしている彼曰く、営業に一番必要なものを一言で表すなら 「聞く」事だというのです。
まさしく 私も常々思っていること。
百戦錬磨の営業をしてきた彼がそう言っている事で 私も確信できたような気がしたのです。
といっても 私は営業職ではないけれど、相手の言いたい事を聞く という事は その相手がお客様であれ、社内の人間であれ、友達であれ大事な事です。

皆やっぱり 聞いて欲しい んです。
”黙って着いて来い”がまかり通ってた時代でも、インターネットのバーチャルな会話が氾濫する時代でも、自分の話をしっかり聞いてくれる事 を嫌がる人はきっと居ない。
話を聞いてもらった時、その瞬間では具体的に”聞いてもらって嬉しい” と実感しないとしても、感覚的にどこかで満たされたものを感じているはず。
世の中や世間に認めてもらいたい動物である男性は 案外女性より ”聞いて欲しい” 人達なのかも。

彼と話していて もう一つ とっても共感できたことは、
”最近、何か(世の中に)還元したい と感じる” という話。
よく、富も名声もすっかり手にいれたような人が 「何かお返しがしたい」 という風なコメントとともに 無償報酬のような事をするケースがあるけれど、
私は つい最近まで あまりこの手の言動に 恥ずかしながら何らピンとくるものが無かった。。
でも 本当につい最近(今まで感じなかった事もまぁ恥ずかしいですが ^_^;) こんなに 富も名声も手に入れていない私でも、ぼんやりと 何か世の中とか誰かとか 何かのためになる事・何かが良くなる事 をしたい と思うようになったのですよね。
ビルゲイツが巨額の寄付をするような事から比べたら もう 存在しないくらいの大した事じゃないけれど 何かしたい と。
こう書くと、スゴく偽善で イイ人 のように聞こえるけど、そうでもないかもしれない。
何かのためになってる行動とか 何かが良くなるための行動をとってる事で満足できる感覚 が ようやく30半ばを過ぎて培われてきたのかも。 そういう自分の欲求を満足させたい のだろうな って思うんですよね。

長い時間会わなかった人と 久しぶりに会って いろいろと共感できる話ができる というのは とっても楽しい事ですね。

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